昭和49年7月15日 朝の御理解



 御理解第4節、4節。
御理解第4節
「此方金光大神あって天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は此方金光大神である。金光大神の言うことに背かぬよう、良く守って信心せよ、まさかの折には天地金乃神と言うにおよばぬ、金光大神助けてくれと言えばおかげを授けてやる。」

 おかげを受けておっても、おかげをおかげと感じきらない、言うならば、おかげを頂いておりながら、おかげを感じきらないということは、おかげを殺しておること、ですからそのおかげが一つも成長しない、育たないわけです。
 昨日は、ん~、一時半から、えぇ、久留米、地区の教会十一ヶ所ですか、の教会の総代幹部の方達が、あぁ、ここに集まりまして、えぇ松影会という会が、まあ出けております、その松影会が、ございました、まあ皆さんの色々な、をぉお話を、まあ一人一人体験、または信心、昨日は、えぇ、「今天地の開ける音を聞いて目を覚ませ」という、うぅ、御教えを元にして、まあ、研修されましたわけです、私も終始お話を聞かしてもろうて、まあ最後に、まあ一口お話を聞いて頂いたんですけれどね、皆さんのお話を頂いておってです、本当におかげを頂いておられるということです、言うならば、ここにお参りが出来られるほどしの健康のおかげを頂いておられるし、お初穂どんでも全然なさらんといったような方は一人もないようだし、ね、(?)もおかげで、まあ、あぁ円満なおかげを頂いておる、それにね、おかげがなんとはなしに、いぃ、小さいと言うか、あの、まあ、皆さんがそのおかげをまだ頂き足らんように思うとりなさるという、感じがするですねと言うて、まあ話したことでした、皆、ということはそれほどしの、(?)で合楽で言われておるような、真善美のおかげを頂いておるです、皆やっぱ金光様の御信心さしてもろうて、長年信心の稽古をして、総代ともなり幹部ともなった人達ですからね、なんとはなしにおかげを受けておられるです、ね、けれどもそのおかげを、おかげと言いながらです、おかげをおかげと実感せず、まだ頂き足らんような思い方があるわけです、言うならばおかげを殺しておる、おかげが半死半生でおる、ね、ですからその次のおかげが成長しないのだ伸びないのだと思う。
 これは皆さんの場合でもどうぞ一つ思うてみなきゃいけませんです、本当にね、あのおかげをおかげと、もう本当に、いぃ、それを実感される、そこにお礼だけしかないというような信心が生まれてくる、その、生き生きとしたお礼心に、次のおかげが嫌がゆえに、伸びてくるのであり、開けてくるのです、おかげを頂いておるけれども、そのおかげから、まあ、例えて昨日原さん、(?)原さんのお届けがあってましたが、こちらにお参りを、を、さしてもらうと、親子三人で毎朝こうして、あぁまあ息子の運転でお参りをしてくる、本当に色々考えさして頂きますと、もうそれこそまあガッチャンガッチャンいうごたる自転車でお参りをして来よった、それが段々単車で参らして頂くようになり、最近では自家用車で親子三人がお参りが出来るようになり、もうどげん考えてもおかげ頂いておるのですけれども、必ずその、○○教会に参られるご信者さんと、もう何十年っち長い間、会う途中で、その方はやっぱ、なかなか良い信心をしておられるにも関わらず、もう、それこそもう自転車ガッチャンガッチャンいいよっとばこうこうして進んでから、それこそ必ず途中で会うとこういうこと、それを見るにつけて、はぁおかげを頂いておるなぁと思うということを、昨日お届けしておられました、もうこれ以上なことがあろうかと、言わば、この頂いておるおかげそのものがです、もう言うならば、極楽のごたるおかげと感じきっていないです、まぁだ頂き足らんごと思うとる、ね、その頂き足らんごたるおかげの思い方がです、信心の成長もそこで止まっておるし、同時におかげも半死半生であったりおかげを殺したりしとりますから、これが伸びるはずがないです、ね、生き生きとして頂いておるおかげに対する、神恩報謝の心というのをもっともっと深く強くなることのために、信心の稽古をしなきゃいけない。ね。
 ②昨日、朝、あぁ、土居の久富さんが、お夢に頂いておられるお届けをなさっておられます、見事な松の木を生け花に、いわゆる生き上げようとしておるけれども、それがどうしても生き上がらないというお知らせを頂いたと、まさに御神夢だろうとこういうのです、それは今日のここで松影会が開かれる松影会のことじゃろうと私は申しました、九州の信心は、松の信心と言われておる、ね、言うなら、今日の御理解から言うとです、ね、桂松平先生、ね、または、え~、久留米の石橋松次郎先生、甘木の安武松太郎先生、当時九州の三松と言うて大徳者がおられることが、あ~、九州の三松の信心と言われるような時代があったわけです、で、ここでも松の信心と言うのは、大変大事に致します、これいつでしたか頂きましたのは、ね、え、金光教の信心が松の世な時代に変わるのが合楽の誕生、合楽が出けてから、ね、松の世の信心ということが、いわゆる全教的におかげになってこなければ本当のおかげじゃないというような、意味のことすら頂いたほどしです、言うならこの三松の先生方の場合なんかはです、もうなんとはなしに、もう言うならば、夜の信心、暗い冷たい信心と、とにかく先日前から頂くように、もうそれこそ大きな広前に火の気一つ置かないというような流儀が、打ち立てられておったと九州に、ところがこれは、九州以外の人が言うのにです、九州の信心はどうもおかしいと、二代が続かん三代がダメだと、いうようなその定評があるくらいです、そこになら合楽が、そういう先生方の信心を継承して、合楽が生まれた、そして、先生方が言うならば、暗い夜の修行して下さって、言うならば、昼の明るい信心、ね、それこそいつも三月花の頃と言うような、信心が合楽によって、え~、しかもこれが全教的に合楽の信心が風靡するくらいなおかげを頂かなければならない、また和賀心時代を世界に、というような、言うならばです、そういう冷たい寒い冬のような、夏のような信心では皆が飛び込んでよう来きらん、それこそ春のようないつも、花の三月というような、おかっ、信心で、おかげの頂けれる、言うなら、極楽(?)信心に、ならせて頂かなければならない、そういう、例えば言うなら私は不の良いということ、まあ言うならば、そういうところに私が使われておる、ということに言わばなるわけですけれども、ね、そういう信心をだから皆さんも、なら(?)、最近言われる、自分の家庭に合楽を現すということね、真善美の世界とか、極楽を自分の家庭に感じれれるような信心を、頂かなければならないと、ですから現在頂いておるとが、ぐうたらないような頂き足らんような考え方ではです、現在頂いておることのなっ、ところの中に極楽を感じる、信心が頂けるところにです、もう本当に、原さんじゃないけれども、自転車から単車に育ち、単車から自家用車に乗らせて頂けるほどしのおかげを頂いておるというお礼が、(まんくう?)の、ね、喜びと感謝の言わば心を持って、日々信心の稽古をするなら、これが真善美のせっ、せいっ、生活であり、極楽の信心です、これならば絶対進む、育っていくということ、ね、生きとる、ね、そういうようにです、なら九州の信心を松の信心と言われるくらいだから、ここでも本当に松の世をいよいよ現さなければならない、そういう一つの責任を、私共は感ずる、だからその松ということが、で、お知らせを頂く、例えば私共がちょっ、直接関係があるのは言うなら久留米の石橋松次郎先生である、言うならば、石橋松次郎先生あって、神が世に出たのであり、今日の合楽があるということになるのです、今年も無くなりまして35年になります私の婆が、一番始めにご神縁を頂いたのが、久留米の石橋先生が、また(?)で布教なさっておる頃の、はっ、ことなんです、ですから石橋先生あって、神が世に出たのであると同時に、石橋先生あって合楽があると言うても良いわけなんです、ですからその石橋先生の信心をです、ね、本当に現すということによって、ね、金光大神、ね、両方からの恩人という、ような信心になってくるのじゃないかと思います、ところがなら松影会といったような会が、総代幹部の、をぉ、十ッ個所あまりの教会の信者が集まって、なら松、う~、桂、あ~、石橋松次郎先生の信心を現代に現す、石橋先生の信心を頂くといったような共励をいつも中心にしてしておりますけれども、なかなか焦点を間違えておるから、その松を生かすことが出けんでおるというのが、現在の松影会の状態じゃないだろうかねと言うて、これは皆さんに聞いて頂いた話です、私が頂いたのじゃない、久富という人が今朝からお夢を頂いたのが、こういうお夢だった、ね、だからなら皆さんがです、合楽を皆さんの家庭に現すということはです、そのまま言うならば、私を生かして下さることになるのであり、ね、親先生あって今日の私の家がある、私共があるというところにです、ね、私はこの、をぉ、金光大神あって神が世に出たと、ね、神様からも、ね、氏子からも両方からの恩人と、言うようなことに、皆さんの場合であるなら、私がそういう風ないっ、風に頂けれる、親先生あって金光様を知りました、親先生あって天地金乃神様のおかげをこのように、このように極楽を現して行けれるほどしのおかげを頂きましたという、お礼が言えた時に初めてです、私はこの御理解4節がです、ね、言うなら生き生きとして分からして頂くことになったということになると思うのです。
 これもやっぱり久富さんが頂いておられました、昨日、お夢の中に常持まで来てる、さて常持でお茶の、お茶の枝を植えようか、お茶畑を作ろうかと言うておるところで目が覚めた、ね、言うならばお互いの家庭に合楽を現すということはどういうことかと言うと、昨日の御理解の、ね、立教神殿の最後のところを頂きましたように、ね、「此方のように実意丁寧の氏子が、世間になんぼうも難儀な氏子あり取次ぎ助けてやってくれ」と、「神も助かり氏子も立ち行く、親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く」というようなおかげを頂くということが金光様の信心、いや天地金乃神様の願いだと、ね、ですからその、ただ極楽(?)、はぁ信心っちゃ有り難い、おかげ頂いて有り難いというだけでは、常持に止まっておるようなもんだ、ね、いつも頂きますように、善導を受け、ね、勿体島のおかげを頂き、椛目のいわゆる、心に花を、信心の喜びを咲かせ、しかもそれを常に持ち続けて、常持に入ってきた、もうこれほどしのおかげを頂いたから、もう言うことなかごとある、と言うて、ここでだいたい一服しておるのがお互い皆さんの信心じゃないだろうかねと言うて、私昨日久留米地区の方達に話したことでした、だからお徳にならない、だから本当のおかげにならない、皆さんの話しを聞くと、一人一人の話しを聞くとみんなおかげを受けてある、けれども常持で、いわゆる、お茶畑である、一服しよんなさる、もう合楽は目の前に見えておりながら、合楽に入りきっていないというところにです、おかげが進展しない、お徳が受けられない、言うならば、私が昨日申しました、ね、お互いが人間の懐でも相手せずに、神様の懐に手を突っ込むような信心をしよらななきゃいけません、神様の懐の中に手を突っ込むということは、もう無尽蔵、限りが無い、石橋先生はそれを、人間の一握りはこれだけだけれども、神の一握りはどれだけあるか分からんと仰ったようなおかげに繋がっていない、そういうおかげを私共が頂けるようになった時に、初めて石橋松次郎先生の信心を生かしたということになるじゃないかと、ね、そういうおかげを頂いて初めて、石橋先生あって私共がある、ある、しかも、ね、合楽である、神様も楽しんで下さる、私共も楽しめる、神様も有り難いと言うて下さるなら私共も有り難いというような、言わばあいよかけよで立ち行く道が、開けて初めて、金光大神あって神が世に出た、両方からの恩人とこういうことになっ、ところがです、そこまで行かなければ私は恩人とは言えないのじゃないかと思う、ね。
 今朝から、あぁ~、あのご神前で、あの、森光子という、女優がおりますね、を頂くんですよ、どういうことじゃろうかと思いよった、なんか分からん、けれども森光子ということはだいたい、森という字は木が三つじゃから、心を三つじゃろうと思うた、光子ということは、光だから、この三つが揃えば、光になるということだろうと私は思うた、けれども、その、その神髄に気付くことだろうかなんか、そういうな、分からなかった、ね、どういうようなことだろうかと私思わして、あの、頂いておりましたら、今日の一時の御祈念の、御理解というようなことを頂くから、開いてみた、そしたら、あの「若い者は信心の柱に、虫を入らせなよ」というのが今日の一時の、をぉ、御理解なんです、はぁはぁ、それからあの前の度のところの、を読んでみた、そりゃもう、これ以上は説明は出けまいというぐらいに、若い者は信心の柱に虫を入らせなよということが説明してある、だから、今日のにはもう御理解のつけようがないほどしに前に、噛んで含めるようにそのことについて頂いておる、をぉ、すでに今日、今日の御理解の森光子というそのことがね、あの、今日の「若い者は信心の柱に虫を入らせなよ」ということだなぁと分からして頂いて、私が頂くことがです、ね、その、三つの、本心の柱に虫を入らせないですむ三つの、言うなら了見とでも言おうか、それはね、目元口元耳元と頂きました、目元、口元、耳元と、言うならば、これは私は、若い者と言うことは、信心の若い者と風に頂いてもいいです、皆さんは、私を始めまだ信心の赤ちゃんとこう思います、ね、ですから、そこに一つのそういう一つのちゃんとした筋金が入らにゃいけないということ、ね、いわゆる若い人達が誘惑に負けてはならない、目元口元耳元と、耳元に言うなら、甘い還元を持ってです、ね、ささやかれる、そすとフラフラする、ね、言うならば、ね、信心で見、信心で聞き、信心で味合うということだと思わして頂いた、ね、そういう信心がです、なら皆さんの場合でもそうです、あの人は、他ん事は、なっ、とても立派だけれども、女子には弱いっちいう人があります、女子にはもうペラリっちいう、おの人はなかなか立派じゃけんで金銭欲が、もう金さえ見せりゃもうペラリさっしゃる、そういうね、それでは、真の信心が、たたないです、そこで、信心のなら筋金というものがちゃんと入らなきゃいけない、これはまあ、私のことですけれども、だから信心の柱によし虫が入ってもです、筋金が入っておれば、筋金には虫がつかんのです、ね、人間だから何時どういうことに迷うやら分からん、どういうことに誘惑されるか分からんけれども、これはまあ私のことですけれども、これはもう家内の母がいつもたまがってました、もうおとうちゃんばかりは、もうあがしこもう、ベロベロになって酔うて帰ってきとってもです、ちゃんと御神前で大祓い一巻をあげなきゃすまなかったです、これはもう若い時から絶対なもんでした、私はこれは少年時代からですけれどもね、御地内を汚しちゃならんということと、それから、穀物、食べ物を大事にするということ、これはもう、穀物なんかはもう、これは子供の時から、例えば、道を歩きよって、大豆が落ちたり、米が落ち散らばったりするならもう必ず、それを、せめて三粒なっとん拾うてから、こうポケットの中に入れました、自転車で行きよっても、飛び降りてから、それを拾って、これは今に続いてます、だからそういう意味でです、信心の筋金というものがしゃんと一本通っときますとです、それが例えば誘惑に負けて、柱には虫がついても、芯には虫が入らんのです、なら今日は、あぁ、その、一時の御祈念の御理解を今聞いて頂くわけですけれども、ね、そういう信心の筋金がいってそっ、今日私が申しますようなおかげを頂いて、初めて本当に金光教の信心にご縁を頂いておって良かった、金光大神あって今日の私があると、ね、本当に親先生あって今日の私、私一家があると、ね、言わば、恩人としての、お礼が言えれる、そういう信心が出けて初めてです、まさかの時には金光大神と言うことはいらん、天地金乃神と言うこともいらん、親先生と言うただけで助かるということになるわけなんです、ね、そういう信心をです、いよいよ皆さん身に付けて行かなければいけません。
 今日は、私はとりわけ、皆さんが頂いておられるおかげが頂き足らんごたる思い方、おかげをおかげと感じきっていない、もう小規模ながら、しっ、真、善、美の、おかげを受けておる、にもかかわらずです、まだ頂き足らんような、おかげを、考え方を、の中にです、せっかくあるそのおかげが、おかげとしてそだっ、育たない、おかげを殺しておる、おかげが、ね、言うならば半死半生ではある、これでは育たん、とにかく頂いておるおかげをおかげとしてです、もう心の底からお礼の言えれることの為に修行する、言えれることの為に、信心の稽古をすると、いうところに、焦点を置かなきゃいけない思うですね。
                                    どうぞ。

                          入力者:秋山誠輝